ことのはかるたには、たくさんの言葉があります。
けれど、同じ札を見ても、思い浮かべるものは人によって違います。
一枚の札を選んでもらい、話を聞いてみました。
出てきたのは、日本語の例文だけではありませんでした。
その人が大切にしている人。
これから叶えたい夢。
日本で送っている、今の暮らし。
三枚の札から、三人の物語が始まりました。
「母」― 一番会いたい人
「日本に来てから、ずっと会っていません。一番会いたい人です」
好きな札を一枚選んでくださいと伝えると、その人は迷わず「母」を選びました。
故郷にいるお母さんのことを話しながら、その目には涙が浮かんでいました。
「母」は、日本語を学ぶための一つの漢字です。
でも、その人にとっては、遠く離れた大切な人につながる言葉でした。
一文字の向こうに、会いたくても会えない人がいました。

「日本」― ここで暮らすという夢

「将来、日本に住んで、日本人になりたいです」
そう言って、その人は明るい表情で「日本」の札を選びました。
けれど、話は将来の夢だけでは終わりませんでした。
「先月、父が病気になりました。でも、簡単には帰れません」
日本で暮らしたいという夢。
故郷に残してきた家族への思い。
どちらも、その人にとって本当の気持ちです。
一枚の「日本」という札の中に、これから進みたい場所と、今すぐ帰りたい場所がありました。
「休む」から「食べる」へ
「毎日、学校とアルバイトの往復です。今、一番したいことです」
その人が最初に選んだのは、「休む」でした。
ところが、写真を撮るときになると、札を「食べる」に持ち替えました。
「一日二回、納豆と卵をかけて食べています。納豆が大好きです」
今度は、笑顔で話してくれました。
初めて会った頃は、「納豆なんて、とんでもない」と言っていた人です。
それから二年。
今では、一日二回食べるほどの納豆好きになりました。
「休む」には、日本で過ごす忙しい毎日がありました。
「食べる」には、この二年間で変わった暮らしがありました。
手にする札が変わると、表情も変わりました。

言葉の向こうにいる人
「母」
「日本」
「休む」
「食べる」
どれも、日本語を学ぶ人にとっては、覚えるべき一つの言葉です。
けれど、人がその言葉を選び、自分のことを話し始めたとき、札は単なる教材ではなくなります。
会いたい人がいること。
叶えたい夢があること。
忙しい毎日を送っていること。
以前は苦手だった食べ物を、いつの間にか好きになっていること。
一枚の札には、その人が歩いてきた時間が映ります。
「ことのはのひと」では、言葉を入り口にして出会った、一人ひとりの物語を紹介していきます。
